◇リンカーン大統領が合衆国憲法修正13条に署名


こんにちは。兵庫県川西市向陽台にある学習塾グルントラーゲです。
2月1日は、リンカーン大統領が奴隷制全廃を定めるアメリカ合衆国憲法修正第13条に署名した日です。南北戦争期にリンカーン政権の下で修正案が連邦議会で発議され、その後、必要数の州が批准することで1865年に成立しました。1865年のこの日、リンカーン大統領による奴隷解放宣言に始まる奴隷制廃止の法制化がようやく整ったというわけです。約4万人の奴隷がケンタッキー州に残っていたそうですが、完全に解放されました。

日本では戦後、憲法が一度も改正されていませんが、諸外国では普通に行われています。アメリカ合衆国憲法の修正の特徴は、本文を書き換えるのではなく、元の条文はそのまま残し、修正内容を「修正条項(Amendments)」として末尾に次々とつけ足すスタイルをとることです。

方法①(通常使われるやり方)
連邦議会の上下両院(上院・下院)で、それぞれ「出席議員の3分の2以上」の賛成で修正案を可決する。これが修正案の「発議(proposal)」になります。

方法②(州が主導するやり方:憲法会議方式)
全米50州のうち「3分の2以上(現在なら34州)」の州議会が、憲法改正を目的とする会議(Constitutional Convention)の招集を連邦議会に請求する。連邦議会は、その請求に基づいて「修正発議のための憲法会議」を招集する義務がある。その会議で修正案が作られ、発議される仕組みですが、この方法はこれまで一度も実際にとられていません。

◇修正13条の意義

アメリカ合衆国全土で、奴隷制と本人の意思に反する隷属を原則として全面禁止した点に最大の意義があるといわれます。南北戦争中に出された奴隷解放宣言は中学社会でも習うことかと思いますが、その宣言を一時的な戦時の措置ではなく「合衆国憲法そのもののルール」として恒久化した点で画期的でした。この修正条項により、黒人奴隷制度の廃止は「政治判断」ではなく「憲法上撤回不能の原則」となり、後世の政府や州が奴隷制を復活させる余地を封じたのです。

とはいえ、黒人奴隷側にとっては、まだまだ限界もありました。奴隷制の廃止によって、黒人は法的には「所有物」から「人格ある人間」に位置づけられたものの、土地・資本・教育などの基盤が与えられず、その経済的自立はきわめて困難でした。
当初は、選挙権も与えられていませんでしたが、1870年の憲法修正第15条で「人種・肌の色・過去の奴隷身分」を理由に投票権を否定してはならないと定められ、黒人男性の選挙権が憲法上は認められました。しかし、南部の多くの州では、人頭税(投票税)や読み書きのテスト、暴力や脅しなどで選挙権の登録自体が妨害され、多くの黒人が事実上投票できない状態が長く続いていきます。選挙権登録の際の「読み書きテスト」など人種差別的な仕組みが違法とされ、選挙における差別の禁止が明確になったのは、遠い1964年の公民権法制定からですね。

中学社会では世界史をぶつ切りで習うので、歴史の前後関係がなかなか理解できません。そのくわしい背景まで調べていくと楽しいですね。

兵庫県川西市向陽台2-2-3
学習塾グルントラーゲ